1. イントロダクション
ホーソン工場実験の結果は集団に関する研究に大いに影響を与えましたが、もう一つ影響を受けた分野があります。それは個人に関する研究、特に個人の動機づけに関する研究です。人間行動を考える際には動機(モティベーション)という要素を無視することはできません。では欲求と人間の行動との間にはどのような関係があるのでしょうか。
基本的にはその時もっとも強い欲求が行動を規定します。言い換えると、他の人の行動に影響を与えるためには、その人がどのような欲求を持っているのか、最も重要な欲求は何かということを知ることが必要になります。
組織を管理する場合、管理者は人に目標を与えます。しかし、その目標が動機づけの要因になるためには、目標が対人の欲求構造にフィットしていなければ、そもそも欲求を満たそうとする行動をおこす気にならないでしょう。また目標があまりに高い場合およびあまりに低い場合のどちらでも、そのような目標は目標達成行動の動機づけにはなりません。人間は目標が高すぎると諦めますし、目標が低すぎると、そもそも本当に力を発揮せずに、やる気も起きないでしょう。いずれにしても組織をマネジメントする際には、組織メンバーがどのような欲求を持っているのか、もしくはどのようなプロセスで動機づけをしていくのか、が非常に重要になってくるわけです(以下の多くは、ハーシ=ブランチャード『入門から応用へ 行� ��化学の展開 人的資源の活用』生産性出版1978年を参考にして作成しています)。
2. マズローの欲求階層説
有名なモティベーション理論の一つがマズローの欲求階層説です。マズローは人間行動を欲求満足化のプロセスと捉え、その欲求として以下の5つがあると考えました。
●生理的欲求
人の基本的欲求であり、具体的には、食物、水、空気、休養、運動などに対する欲求。
●安全・安定性欲求
安全な状況を希求したり、不確実な状況を回避しようとする欲求。
●社会的欲求
集団への所属を希求したり、友情や愛情を希求したりする欲求。
●尊厳欲求
自己の価値や自尊心を実現したいという欲求で、たとえば他者からの尊敬や責任、自立的な行動の機会を希求する欲求。
●自己実現欲求
自己の成長や発展の機会を求めたり、独自の能力の利用および潜在能力の実現を求める欲求。
人間はこのような欲求群の中から満足されていない欲求があると、人間の心理的な部分に緊張状態を生み、この緊張を解除しようとして行動を起こすだろう。そして、この行動によって緊張から開放されると、不満だった欲求が満足され、その欲求は行動を動機づける力を持つことはないだろう。これがマズローの説明する人間行動のプロセスの基本的考え方です。またマズローは5つの欲求は階層構造を形成していると考えており、人間の欲求満足化行動は低次欲求から高次欲求へと段階的に移行していくと考えました。
3. アージリスの自己実現人モデル
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アージリスはマズローの欲求階層説を基礎にして、人間は成熟の程度に応じて、それぞれ成長の方向に向かってみずからの欲求を表明し、労働の過程で自己実現を目指す「自己実現人」であると仮定して、組織の中の人間行動を説明しようとしました。アージリスは、人間が年を経て成熟する過程に7つの人格的な変化があると考えました。
� 第一に、幼児期における受動的状態から、成人の活動的な状態への変化、第二に、幼児の他人に依存した状態から成人の独立した状態への変化、第三に、幼児の限られた行動の種類から、成人の多様な行動への変化、第四は幼児の移り気で輪郭のはっきりしない浅い興味から、成人の持つ深く強い明確な興味への変化、第五は幼児は現時点にしか集中できないが、成人になると、過去や未来を含む長時間にわたる展望ができるようになる変化、第六に、幼児が全面的に従属していることに対して、成人は台頭もしくは優越する状態に変化すること、そして最後に幼児の自己認識の欠如という状態から、成人の自己統制への状態への変化、これらの7つの変化です。組織の中の人間は、以下の7つの次元に沿って、未成熟段階から成熟段� �へと向かうと考えました。�
●未成熟・成熟の7つの次元未成熟 | 成熟 |
受動的 | 能動的 |
依存 | 独立 |
単純な行動 | 多様な行動 |
浅い興味 | 深い興味 |
短期的な展望 | 長期的な展望 |
従属的 | 対等・優越 |
自己認識の欠如 | 自己統制 |
ハーシ=ブランチャード
『入門から応用へ 行動化学の展開 人的資源の活用』
生産性出版1978年より
アージリスによると、官僚制組織など伝統的な組織には人間を未熟なままに置く条件がそろっていると言います。科学的管理法の基礎である仕事の専門化、命令の系統化、支持の統一、統制の範囲の原則などは、権威が少数のトップに集中するべきであると言う考え方に基づいています。人間を機械の部品のようにみなす考え方をとると、人間の成熟化を阻害してしまうことにもなりかねないのです。
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� アージリスはこの考え方に基づいてある実験をしました。専門家が指示した工程に従って働いていた12名の女性工員に対して、1人1人好きなように製品を組みたてるように提案しました。製品に自分の名前を書き、自分で梱包するなど、現在のボルボ方式とかセル方式といわれる組みたて方を取りました。実験開始後1ヶ月は女性工員がこれまでと大幅にやり方が異なり、混乱したため、70%も生産性が低下しましたが、その後回復し、15週目の終わりには過去最高の生産高を記録しました。ミスや無駄によるコストは94%、苦情件数は96%も減少しました。
� この実験から、個人の責任を拡大することが個人にとっても組織にとっても有効であることがわかります。また組織は組織構成員の自己実現欲求の満足化のプロセスと組織目標の遂行プロセスとを一致させるようにすることが重要になります。これらのことから、アージリスは職務における能力発揮の機会を増やす「職務拡大」や、職務内容の決定にメンバーを参加させる「参加的リーダーシップ」の必要性を主張したのです。
4. マグレガーのX理論、Y理論
マグレガーもアージリス同様、マズローの欲求階層説をもとに「X理論・Y理論」という理論を構築しました。
� X理論は、マズローの低次欲求(生理的欲求や安全・安定性欲求)を比較的強く持つ人間の行動モデルで、逆にY理論とは、マズローの高次欲求(尊厳欲求や自己実現欲求)を比較的強く持つ人間像です。
●X仮説の人間像
・仕事は人にとっていやなものである。
・大多数の人は自ら責任を取ろうとせず、ただ命令されることを好む
・大多数の人には組織上の問題を解決するだけの創造力は持っていない
・生理的欲求や安全欲求が人を動機づける
・大多数の人は厳格に統制されなければならない。
●Y仮説の人間像
・仕事は条件次第で遊びと同じものになる
・自立が組織目標の達成には不可欠である
・組織の問題を解決するために必要となる創造力を多くの人は持っている
・人は低次欲求だけでなく、高次欲求でも動機づけられる
・正しく動機づけられれば、仕事上でも自律的・創造的になれる。
ハーシ=ブランチャード
『入門から応用へ 行動化学の展開 人的資源の活用』
生産性出版1978年を参考にして作成
社会の生活水準が上昇し、生理的欲求や安全欲求など低次欲求が満たされている時にはX仮説の人間観によるマネジメントは管理対象となる人間の欲求と適合しないため、動機づけの効果は期待できないでしょう。低次欲求が十分満たされているような現代においては、Y理論に基づいた管理方法の必要性が高く、たとえば従業員独自の目標設定、自主統制と自主管理、能力開発、参加制度の設定、管理者のリーダーシップの再訓練などを中心とするマネジメントが適切になると考えられています。
5. 動機づけ・衛生理論
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動機づけ・衛生理論はハーズバーグとピッツバーグ心理学研究所の分析結果から導き出されたものです。彼らは約200人のエンジニアと経理担当事務員に対して、「仕事上どんなことを不幸と感じ、また不満に思ったか」「どんなことによって幸福や満足を感じたか」という質問を行いました。
その結果、人の欲求には二つの種類があって、それぞれ人間の行動に異なった作用を及ぼすことがわかりました。たとえば人間が仕事に不満を感じる時は、その人の関心は自分たちの作業環境に向いているのに対して、人間が仕事に満足を感じる時は、その人の関心は仕事そのものに関連しているということです。ハーズバーグは前者を衛生要因、後者を動機づけ要因と名づけました。前者が人間の環境に関するものであり、仕事の不満を予防する働きを持つ要因であるのに対して、後者はより高い業績へと人々を動機づける要因として作用しているという意味です。
要するに、人の欲求を満たしたり満足度を高めるためには、いくら衛生要因を満たしたり高めたりしても無駄で、動機づけ要因を充実しなければ欲求は満たされないということです。衛生要因は人にとって「当たり前」と感じられるものであり、満たされていて当然という要因です。逆に動機づけ要因がいくら満たされていても、衛生要因が満たされていない場合には、不満が非常に大きくなるのです。
たとえば彼の研究のなかでは会社の政策と経営、監督技術、作業条件、対人関係、給与などは衛生要因と位置づけられています。というのはこれらの要因は仕事を遂行する時の与件・環境に関する要因であり、「当たり前」の要因です。達成感や認められるという感覚および責任の重大さというものは仕事に内在する要素であり、これらの要因は仕事上の満足感を大きく高めるものとなります。このようにハーズバーグの主張は、二つの要因から人の満足・不満足を分析することから、二要因理論とも呼ばれることもあります。
●衛生要因(環境要因)
・政策及び管理の施策
・監督のあり方
・作業条件
・対人関係
・金銭・身分・安全
●動機づけ要因(意欲要因)
・達成
・達成を認められること
・チャレンジングな仕事
・責任の増大
・向上と成長
ハーシ=ブランチャード
『入門から応用へ 行動化学の展開 人的資源の活用』
生産性出版1978年より
6. 期待理論
モティベーション理論のなかで、内容理論とは異なり、特定の行動がなぜ起こり、どの方向にすすみ、どのように持続され、終わるかというプロセスに注目した理論をプロセス理論と呼びます。
プロセス理論の代表的研究はポーター=ローラーの期待理論です。期待理論は、組織メンバーの動機づけは、「期待×主観的価値」つまり職務遂行の努力が何らかの個人的報酬をもたらすであろうという期待と、そのような報酬に対して人が持つ主観的な価値の二つの要因の積できまると考えています。個人が報酬に高い価値を認め、努力すればこの報酬が得られると思う期待が高いほど、人はより努力すると考えるのです。
このように期待理論ではマグレガーなどの自己実現人ではなく、期待利益を最大にしようとする合理的な人間像に基づいています。また
(1) 業績に結びつくように個人の資質に対して適切な役割を与え、
(2) その役割遂行によって達成される何らかの成果に対して報酬が与えられる、
(3) その報酬が公平かどうかで満足度が決定し、そこで知覚される主観的価値が次の努力投入に影響を与える、
というプロセスに注目しています。これらが内容理論と異なる点です。
このほか、プロセス理論には、自分の行った貢献に対する報酬が低すぎるなど個人が不公平を認知するとそれを解消しようとしてモティベーションが発生するとかんがえる公平理論や、行動が反復されるかどうかは過去の行動が報われた程度に依存するとする反応強化理論があります。期待理論は未来が行動を規定するのに対して反応強化理論は過去が行動を規定すると考えるところが異なる点です。
7. 内発的動機づけ
デシ(Deci)は「内発的動機づけ」という理論を構築しています。これは「有能さ」と「自己決定の感覚」が個人の行動の動機づけになるという考え方です。ここでいう自己決定とは、自分の行動の原因が自分自身であるということです。これらの二つの要因を感じることができる活動に従事するとき、人は内発的に動機づけられた行動をしているといいます。自己を有能で自己決定的であると感じている人は、さらなる有能さと自己決定の感覚を求めて、意欲をもやし努力して行くと考えるのです。動機づける要因が自分の内部にあると感じるときには、人は内発的に動機づけられているのです。
この理論に基づくと、たとえば報酬や社会的な承認、業績評価などの外在的要因は、自分の内部ではなく外部にあるため、内発的な動機づけを低くしてしまうと一般には考えられます。しかしデシは、これらの外在的な要因も自分の有能さと自己決定の感覚を変化させると考えています。このような外在的要因が内発的動機づけの作用を持つのは、外在的要因がいわゆる「情報的側面」を持つからだと、デシは説明しています。
参考文献
ハーシ=ブランチャード『入門から応用へ 行動化学の展開 人的資源の活用』生産性出版1978年
藤田英樹「誇り動機づけ理論」『組織科学』Vol.33 No.4 pp59-75、2000年
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